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富山地方裁判所 昭和61年(行ウ)1号 判決

富山県黒部市浜石田八三番地

原告

中村吉成

右訴訟代理人弁護士

葦名元夫

水谷敏彦

富山県魚津市北鬼江三一三番の二

被告

魚津税務署長 内井勉

右指定代理人

長谷川恭弘

小西紘二

宝田明芳

山下純

沢井秀治

按田隆重

寺俊昭

高井和男

主文

一  被告が昭和五七年二月二二日付けでした原告の昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税にかかる各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定(ただし、裁決により一部取消された後のもの)をいずれも取消す。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年二月二二日付けでした原告の昭和五三年ないし昭和五五年分の所得税にかかる各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定(ただし、裁決により一部取消された後のもの)をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は自動車板金塗装、自動車整備及び車両販売を業とする者である。

2  原告は、昭和五三年ないし昭和五五年(以下、右各年を「係争各年」という。)分の各所得税について、別表(一)記載のとおり確定申告をしたが、被告は、同表記載のとおり更正処分(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)を行い、これに対して原告がした不服申立及びこれに対する応答の経緯は同表記載のとおりである。

3  本件各更正は、以下に述べるとおり違法であり、本件各更正を前提としてなされた本件各賦課決定も違法である。

(一) 質問検査権行使の違法性

(1) 調査の必要性の不存在

質問検査権の行使にあたっては調査の個別的必要性が客観的合理的に存しなければならないところ、被告が本件各更正に先立って行った係争各年分の原告の所得税についての調査(以下「本件調査」という。)においては、右必要性を欠いていた。

(2) 事前通知の欠如

質問検査権の行使に先立って調査の事前通知がなされなければならないところ、本件調査において、被告の部下職員である山口隆宣(以下「山口」という。)が昭和五六年七月三一日に行った調査は、事前通知がされていない。

(3) 調査理由の不開示

質問検査権の行使にあたっては調査理由を開示しなければならないところ、山口は、同日に原告事業所において質問権を行使するにあたり、その理由を開示しなかった。

(4) 立会いの拒否と調査の放棄

被調査が同意した立会人の立会いを拒否し、そのことのみを理由として調査者において質問検査権の行使を怠ることは、被調査者が質問検査権の受忍義務を履行する機会を調査者の側においてい一方的に失わしめるもので許されないと解すべきであるところ、山口は、昭和五六年一二月一七日に原告事務所において質問検査権を行使するにあたり、同所に原告が同意した立会人がいることのみを理由として調査を拒んだ。また、原告が立会人のいない原告事務所二階でその行使を望んだのにもかかわらず、その行使をあえて放棄した。

(5) 反面調査の必要性の欠如

反面調査は合理的必要性がある場合に行使されなければならず、濫用は許されないところ、山口は、同年七月三一日の調査の結果、原告が同年秋ころまで特別な事情により調査に入れない状況にあることを熟知し、かつ秋まで調査を延期して欲しい旨の原告の要望を了承したのにもかかわらず、それを待つことなく、原告の取引先、銀行に対して反面調査を実施した。

(6) 質問検査権の行使は厳格な手続的要請を受けるものであるから、適正手続を経ないでなされた更正処分は違法となるところ、本件各更正は、その前提となる質問検査権の行使に右に述べた違法があるから、当然に違法なものである。

(二) 推計課税の必要性及び合理性の欠如

本件各更正は、推計の必要性もないのに、合理性を欠いた推計により原告の所得を過大に認定した違法がある。

よって、本件各更正及び本件各賦課決定の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3は争う。

三  被告の主張

1  本件調査の適法性

(一) 調査の必要性

原告提出の係争各年分の確定申告書には、事業所得の専従者控除額及び所得金額のみが記載され、その余の所得金額の計算基礎となる収入金額及び必要経費の記載がなく、係争各年分とも事業所得の金額の算出根拠が計算上全く不明であった。しかも、原告の事業所の広さ、従業員数、家族構成など外形的事実からみても、原告申告の事業所得の金額は、係争各年分とも過少である可能性が強く、調査の必要性があった。

(二) 事前通知の必要性の有無

税務職員が質問検査権を行使するにあたり、事前に被調査に通知をすべきか否かは税務職員の合理的裁量に委ねられているので、事前通知をしなくとも違法な調査にはあたらない。本件調査に関しては、昭和五六年七月三一日の時点では、原告に対して関係資料の調査作成を依頼したにとどまるから、事前通知をしなかったことに違法はない。

(三) 調査理由開示の要否

納税者は、質問検査権の行使に対して一般的に受忍義務を負っているものであり、税務職員は、質問検査の行使にあたり調査理由を開示する必要は原則としてないし、本件調査においても調査理由を開示すべき例外的特殊事情は存しない。

(四) 第三者立会い拒否の当否

質問検査権行使の具体的な手続、方法は基本的に税務職員の合理的な裁量に委ねられているところ、税務調査にあたって税理士資格のない第三者が立ち会うと、納税者及びその取引先に関する事項が漏洩する可能性があるから、税務職員に課せられた守秘義務との関係上、立会いの拒否は違法ではない。本件調査において、山口は、立会いを要望する第三者が税理士資格のない者であったために立会いを拒否したもので何ら違法ではない。

(五) 反面調査実施の当否

反面調査をいかなる時期に行うかの判断は、社会通念上相当の程度にとどまる限り、調査を行う税務職員の合理的選択に委ねられているところ、後述のとおり、山口は、原告に対して帳簿書類の提示を求めたが、なかなかこれに応じなかったため反面調査を実施したもので、合理的裁量の範囲内で行われたものである。

2  推計の必要性

(一) 本件調査の経緯

(1) 昭和五六年七月三一日

山口は、午前九時四〇分ころ、原告事業所に赴き、係争各年分の所得税の調査に赴いた旨を告げて右三年分の帳簿書類の提示を求めたところ、原告が書類を探す暇がない等と発言したため、昭和五五年分の売上金額等を調べて欲しい旨の要請をしたが、原告が数日はかかる旨述べたため、あまり時間がかかっては困る旨を伝えて、原告方を去った。

(2) 昭和五六年八月二〇日

山口は、資料が出来ているかの確認のために、原告方に電話をしたが、お盆前後の来客や銭湯再建のために駆け回っていて出来ていないとの回答であったので、八月末までに作って提示するよう要請した。

(3) 昭和五六年九月二日

山口は、原告方に赴いて資料の提示を求めたが、原告がもう一か月すればなんとかなると言うのみで帳簿等を提示しなかったので、取引先調査をする旨を告げたところ、原告は、勝手にしてくれと述べた。

(4) 昭和五六年九月二八日

山口が原告方に赴くと、原告は、一〇月はじめならどうだ、日時はこちらから連絡する旨を延べ、資料の提示をしなかった。

(5) 昭和五六年一〇月二日

山口が原告方に電話連絡すると、原告は、資料はまだできていない、一〇月中旬以降ならなんとかなると答え、取引先調査の実施について山口を怒鳴りつけた。

(6) 昭和五六年一二月四日

山口が原告方に赴いて資料等の提示を要請すると、原告は、今日来て今日というわけにはいかないが再来週ならどうかと述べ、資料の提示をしなかった。

(7) 昭和五六年一二月一六日

山口が原告方へ連絡すると原告は不在であったが、後に原告から連絡があり、原告は、明日の午後事務所に来るように申し出た。

(8) 昭和五六年一二月一七日

山口が午後一時ころ原告方に赴くと、新川民主商工会事務局の兼山幸成(以下「兼山」という。)が同席していたため、退席を要請したが、原告はこれに応じなかった。原告と山口のやりとりの中で、原告が「例えば隣の部屋にいてもらったらどうか」と言ったため、声の聞こえないところなら支障がないと山口が答えていたが、原告がすぐに判断できない等と述べ、結局山口の約二時間の説得にも応じなかったために、山口は、正常な調査はできないと判断し、午後三時少し前に原告方を去ろうとした。この時原告が二階でやろうといって引き止めたが、山口は、原告がにたにた笑っており調査に協力するとの雰囲気ではなかったために、原告方を去った。

(二) 被告は、原告から提出された所得税確定申告書に記載されている事業所得金額が正しいか否かを確認するために、昭和五六年七月三一日から山口をして再三原告方へ赴かせ、実地に調査を行わせた。しかしながら、原告は、右に述べたとおり、山口に対して誠実な対応をせず、調査を引き延ばし、要請を無視して第三者を立ち会わせるなど非協力的な態度に終始し、帳簿書類を一切提出しなかった。したがって、被告に推計課税を行う必要性のあったことは明らかである。

3  事業所得の金額

(一) 原告の係争各年分の事業所得の金額は、昭和五三年分については七三四万一八三一円、昭和五四年分にっては六六六万五〇一一円、昭和五五年分については七二七万三七三七円であり、その内訳は別表(二)記載のとおりであるが、同表の各金額の算出根拠は以下のとおりである。

(二) 総収入金額

原告の係争各年分の総収入金額は昭和五三年分については四一〇九万七八三六円、昭和五四年分については四一三〇万八五七四円、昭和五五年分については四二八八万九一〇六円で、その内訳は別表(三)記載のとおりである。

右のうち、係争各年分の総収入金額並びに昭和五四年分及び昭和五五年分の各総収入金額のうち自動車板金塗装と自動車整備(中古自動車販売を含む)との内訳は、原告が国税不服審判所における審査請求の段階で自認主張していた金額であり、このように納税者が争訟手続上一定の収入を自認している場合は、少なくとも右の各の額までは実際の収入が存在することは経験則上明らかである。また、昭和五三年分の総収入金額額の内訳については明らかではないので、昭和五四年分及び昭和五五年分における当該各収入金額の割合の平均値により按分して算定したものである。

(三) 必要経費の額

原告の事業にかかる必要経費の額が主要材料の仕入金額以外は不明のため、前記(二)の自動車板金塗装における総収入金額及び自動車整備(中古自動車販売を含む)における総収入に対し、それぞれ後記4で述べる類似同業者の平均必要経費率(別表(四)の1ないし3記載のとおり)を乗じて算出すると、必要経費の額は、昭和五三年分が三三三五万六〇〇五円(自動車板金塗装が一〇二五万三七八四円、自動車整備が二三一〇万二二二一円)、昭和五四年分が三四二四万三五六三円(自動車板金塗装が一一六五万六七二円、自動車整備が二二五九万二八九一円)、昭和五五年分が三五二一万五三六九円、自動車板金塗装が一〇五五万二五八一円自動車整備が二四六六万二七八八円)となる。

(四) 事業専従者控除額

原告の妻中村弘子にかかるものであり、原告の申告額は、昭和五三年分ないし昭和五五年分とも、各四〇万円である。

4  推計の合理性

(一) 被告は、原告と同じく魚津税務署管内において自動車板金塗装業を営む個人事業者及び自動車整備業を営む個人事業者のうち係争各年分の所得税の確定申告について青色申告書を提出した者の中から、〈1〉係争各年に前記各事業を営んでいる者(ただし、年の中途において開廃業若しくは休業した者又は業態を変更した者、災害等により経営状態が異常であると認められる者、小規模事業者で所得税法六七条の二の規定により収入及び費用の帰属時期をいわゆる現金主義によることとしている者、更正処分又は決定処分が行われた者のうち、これに対して不服申立若しくは訴訟係属中の者又は法令の規定に基づく不服申立期間若しくは出訴期間を経過していない者を除く)で、かつ、〈2〉係争各年分の総収入金額が原告の営む各事業の総収入金額のほぼ二分の一ないし二倍の者、すなわち、自動車板金塗装業については、昭和五三年分六五〇万円以上二五八〇万円未満、昭和五四年分七三〇万円以上二九一〇万円未満、昭和五五年分六五〇万円以上二六二〇万円未満、自動車整備業については、昭和五三年分一四一〇万円以上五六四〇万円未満、昭和五四年分一三四〇万円以上五三五〇万円未満、昭和五五年分一四九〇万円以上五九六〇万円未満の者、という各条件を満たす者を選定した(以下「類似同業者」という。)。右により選定された類似同業者の総収入金額及び必要経費の額並びに必要経費額が総収入金額中に占める割合は別表(四)の1ないし3記載のとおりである。

(二) 被告が用いた類似同業者の必要経費の総額(別表(四)の「必要経費の額」の欄の金額)中の売上原価の額及びその他の必要経費の額の内訳並びにこれらが収入金額中に占める各割合は別表(五)の1ないし3のとおりであり、本件類似同業者に関する限り、仕入金額ないし売上原価の額及びその他の必要経費の額と収入金額との対応よりは、経費総額と収入金額との対応の方が相関性が高い。

(三) 被告は、前記4(一)記載のとおりに類似同業者を選定し、推計課税を行ったものであるところ、被告の選定した類似同業者は、原告と、その業態、事業規模等において類似性があり、かつ、その抽出過程に被告の思惑や恣意が介在する余地がないことは明らかであるから、右類似同業者の平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性がある。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

2(一)(1) 被告の主張2(一)(1)のうち、昭和五六年七月三一日に山口が訪れて帳簿書類等の提示を要求し、原告が書類を探す暇がない等と発言したことは認めるがその余は否認する。

原告は、昭和五五年に父と母が相次いで死亡し、母が営んでいた浴場経営を引き継ぎ、浴場と住宅の新築工事のために時間的な余裕がないが、秋には完成するのでその頃まで調査を延期して欲しいと申し入れて、山口の同意を得たものである。

(2) 被告の主張2(一)(2)のうち、昭和五六年八月二〇日に山口から電話があったことは認めるがその余は否認する。

原告は、山口からの電話に、前回の調査の際に説明した内容を繰り返したが、何しろ早くするようにと一方的に言われた。

(3) 被告の主張2(一)(3)のうち、昭和五六年九月二日に山口が訪れて資料の提示を求めたこと、原告がもう一か月すればなんとかなると言ってその日は帳簿等を提示しなかったこと、山口が取引先調査をするといったことは認めるがその余は否認する。

原告は、山口に対し、秋まで待って欲しい事情を繰り返し説明し、取引先調査をしてもらっては困る旨を説明した。

(4) 被告の主張2(一)(4)の事実は認める。

原告は、客から至急来てほしい旨の連絡を受けていたのであり、戻ってから午後四時ころに山口に電話をしたが留守であった。

(5) 被告の主張2(一)(5)の事実は認める。

原告は、初回の調査で山口が秋まで待つことに同意しておきながら、それを無視して取引先調査を実施したことから、山口に対して苦情を述べたものである。

(6) 被告の主張2(一)(6)の事実は認める。

(7) 被告の主張2(一)(7)の事実は認める。

(8) 被告の主張2(一)(8)のうち山口が訪れた際に兼山が同席していたこと、山口が兼山の退席を要請したこと、原告が二階でやろうと言ったが山口が調査せずに原告方を去ったことは認めるがその余は否認する。

原告は、山口に対して立会人のいない原告事務所二階で調査することを申し出たが、山口は、上司に第三者がいると調査に入れないと言われている旨を述べ、原告が引き止めるのにもかかわらず質問検査権を自ら放棄して立ち去ったものである。

(二) 被告の主張2(二)は争う。

原告は、帳簿書類を備えて付けており、その内容も正確である。また、前述のように、浴場と原告住居の新築工事のために原告事務所二階に荷物が無秩序に置かれて帳簿等を探し出すことができない状況にあったので原告はこれを山口に説明して了解をとっていたものであり、昭和五六年一二月一七日には山口が自ら質問調査権を放棄したものであって、被告は税務調査に対して非協力的ではなかった。したがって、被告は、推計課税を行う必要性がなかったものである。

3(一)  被告の主張3(一)は争う。

(二)  被告の主張3(二)のうち、係争各年分の総収入金額並びに昭和五五年分の自動車板金塗装と自動車整備の内訳は認めるが、昭和五三年分及び昭和五四年分の総収入金額の内訳は争う。

(三)  被告の主張3(三)は争う。

(四)  被告の主張3(四)は認める。

4  被告の主張4は争う。

(一) 類似同業者抽出基準の不合理性

(1) 業種・業態について

原告は自動車板金塗装業、自動車整備業及び車両販売業の三つの業種を兼業しているから、類似同業者も右の業種を兼業している者の中から選定しなければならないのに、被告は、兼業しているかどうかを考慮せず、単に各業種ごとに同業者を選定し、かつ、自動車整備業と車両販売業について、実際に兼業しているか否かの調査をしないで一括して自動車整備業を営む者を選定している。このような同業者の選定方法では類似性は担保されていない。

また、業態について、被告は個人事業か否かを問題とするだけであり、何ら類似性の担保にはなっていない。すなわち、類似同業者の選定にあたってはその兼業状態も類似している必要があるところ、被告は自動車整備業と車両販売業についてその兼業状態を検討していない。加えて、自動車整備業の場合、車検業務の形態(事業者自らが指定工場を有し自らの工場で整備して従業員である検査員の検査を経て陸運事務所に書類のみを提出する形態、事業者が認定を受け自らの工場で整備できるが検査は陸運事務所に車両を持ち込まなければならない形態、事業者自ら指定工場たる協業組合を設立する形態)が異なっていれば類似性は担保されないところ、被告はこの点を何ら考慮していない。また、原告は協業組合黒部自動車車検センター(以下「黒部車検センター」という。)に参加しているのであるが、右組合は昭和五十一年十二月に設立され、本件係争各年当時は設立直後の移行期であつたから、過重となる整備担当従業員の人件費を従業員の整理等にり消滅できたか否かによって経費率に大きな影響があるにもかかわらず、被告はこれを無視している。

以上のとおり、被告のした同業者の選定では類似性は担保されていない。

更に、原告は、昭和五五年七月二八日母中村ヨシエの経営していた浴場業を相続継承し、以後右浴場業の所得は原告に帰属することとなった。しかるに、被告は、右の特殊事情を無視しており、この点でも、合理性がないことが明らかである。

(2) 事業規模について

事業規模に関する被告の基準は、係争各年分の総収入金額が原告の営む各事業の総収入金額のほぼ二分の一ないし二倍の範囲という基準だけであって、右以外の重要な要素である従業員数、家族構成員の関与の形態と度合い、事業所の広さ等がぬけおちている。

(二) 実額主張

原告の係争各年分の事業所得、総収入金額及びその内訳並びに必要経費の内訳は、別表(六)の1ないし3記載のとおりである。

右のうち総収入金額及びその内訳は、原告の帳簿書類等の提示に基づき国税不服審判所が認定した金額であり、正確なものである。

次に、必要経費の内訳のうち、総仕入金額も右同様に国税不服審判所で実額で認定した額であり、正確なものである。特別経費に関しては、その事業の形態と営業条件が最も直接的に反映される支出項目であるところ、給料、外注費、支払利息割引料、黒部車検センター支払、地代家賃及び減価償却費は別表(六)の1ないし3の必要経費(特別)欄記載のとおりであって、客観的資料に基づき実額で把握できる。したがって、必要経費のうち右に掲げた費目を除いたその他の必要経費のみを推計で算定すべきである。

五  被告の再反論

1  類似同業者抽出基準の合理性について(被告の主張に対する原告の認否及び反論4(一)に対して)

(一) 業種・業態について

自動車整備業者と車両販売業者を一括して抽出したのは、自動車整備業者が車両販売業務を多少の差はあれ兼業しているのが通常の業態であるからである。

原告が黒部車検センターに参加している点については、右車検センターへの加入により、自己の工場における整備の労力及び富山陸運事務所での検査のための運搬の労力が消滅されていること、手数料収入が半分になっても経費の点を考えれば利益も半分になつているとはいえないこと、従来従業員が過重勤務であったこと等を考慮すれば、必要経費に関する特殊事情とはいえない。

また、原告が浴場業を承継したことは、なんら推計の合理性に影響を与えるものではない。

(二) 事業規模について

従業員数、家族構成員の関与の形態と度合い、事業所の広さ等は、類似性を規定する基本的に重要な要素とはいい難い。

2  原告の実額に関する主張立証について(被告の主張に対する原告の認否及び反論4(二)に対して)

(一) 原告は、昭和六一年二月二八日に本訴を提起して以来、長時間にわたり実額の主張立証を行わず、平成二年四月一三日の第一八回口頭弁論期日に陳述した同月一二日付けの第九準備書面において初めて必要経費等の主張額を明らかにし、平成二年七月二〇日の第二〇回口頭弁論期日に至って、かねて申し出ていた承認中村弘子、同兼山幸成及び原告本人につき実額に関する尋問事項の追加を行い、平成二年一一月二日の第二一回口頭弁論期日以後になって、実額に関する書証として甲第一四号証ないし三四号証、四三号証の一及び二、四四号証(実額に関する部分)、四八号証の一及び二、四九号証ないし五六号証を提出した。

しかしながら、右の実額に関する主張立証は、いずれも時機に遅れた攻撃防御方法であるから、国税通則法一一六条ないし民事訴訟法一三九条一項により却下されるべきである。

(二) 本件においては、被告は推計課税の必要性及び合理性を主張立証しているのであるから、原告が実額を主張して推計課税を争うには、〈1〉その主張する収入及び経費が存在すること、〈2〉その収入金額がすべての収入金額であること及び〈3〉その経費がその収入と対応するものであることの三点を証明しなければならない。

しかしながら、原告の主張する収入金額がすべての収入金額であるとの立証は何らなされていない。原告主張額は国税不服審判所の認定した収入金額と同一であるけれども、原告はその主張する金銭出納簿(甲第三三号証)も審判所には提出しておらず、審判所の右認定は原告が提出した不十分な資料に基づくものであるから、審判所の認定をもっては、原告主張の収入金額が収入金額の総額であることが立証されたとすることはできない。

また、仕入金額についても、国税不服審判所の認定をもってはその正確性が担保されているとはいえない。

更に、原告実額主張を裏付けるための証拠として本訴で提出している書証も、次のとおり、全く信憑性がなく、結局、実額の立証は何らなされていない。

(1) 金銭出納簿(甲第三三号証)について

原告は審査請求時には金銭出納簿を提出していないこと、金銭出納簿中に異なった用紙が使用されている部分があること、原告が自主的に行った所得税の確定申告の内容は、所得金額が一六〇万円、一六五万円、一八〇万円という大雑把な数字であり、到底金銭出納簿を参照していたとは思われないこと、原告は審査請求時に仕入金額以外の必要経費を実額計算したとは考えられないこと、金銭出納簿には昭和五五年六月三〇日以降の現金残高が表示されていない上に、残高がマイナス表示になっている部分が存すること、金銭出納簿に記載されている原告家族の生活費の支出は過少であり、記載漏れがありそれに相応する収入金額の計上漏れがあると考えざるをえないこと、原告の妻中村弘子から原告への貸付金の記載が中村弘子の所得に比して過大であること、原告本人は中村弘子からの借入金及び返済金について知らない旨供述していること、後述のとおり出勤簿(甲第二一号証)は後日作成された虚偽のものであること、以上の各事実を考慮すると、金銭出納簿は後日作成された虚偽のものである。

(2) 税理士藤田康雄の意見書(甲第四九号証)について

富山相互銀行当座勘定元帳(甲第三四号証)等の原告所持書類を参考に金銭出納簿(甲第三三号証)を作成したと考えられるので、これらの記載が一致することは当然であるし、その他前記(二)(1)で述べたことを考慮すると、結局、藤田意見書の見解は失当である。

(3) 出勤簿(甲第二一号証)について

金銭出納簿(甲第三三号証)の昭和五三年一月七日欄に「出勤簿五五〇円」との記載があるが、甲第二一号証の帳簿(大学ノート)の購入費用としては金額が高すぎること、給料明細に関する原告本人の供述が変遷していること、出勤簿がほとんど汚れていないこと、原告本人は例外的に出勤扱いにする合理的基準を明確に答えることができなかったこと、従業員高山広次の昭和五三年六月及び七月分の残業時間が正確に記載されていないこと、出勤簿の出勤印の捺印の方法についての原告本人の供述が変遷していること、従業員水島修は昭和五五年七月二六日にゴルフに行っていたのに出勤扱いになっていること、水島修の年間給与額を比較すると、原告の主張する昭和五五年分の給与額のほうが同六〇年分の確定申告書記載の給与額よりも高額となっていること、以上の各事実を考慮すると、出勤簿は後日作出された虚偽のものである。

六  原告の再反論(原告の実額主張に関する被告の反論について)

1  総収入金額について

原告家族の生活費は主として原告の母中村ヨシエが経営し原告が相続した浴場経営による収入により賄われていたのであるから、金銭出納簿(甲第三三号証)に生活費支払の記載が少ないとしても、収入金額の計上漏れがあることにはならない。

原告は国税不服審判所に対し、収入を捕捉するのに必要な売上帳一〇冊を全て提出しており、審判所はその売上帳の正確性を確認し、これに基づき収入金額を計算しているものであり、金銭出納簿はそもそも収入を捕捉するのに必要な資料ではない。

2  経費と収入の対応について

原告の主張している経費支出はその全てが時期を明示して立証されており、支出先も明確であるから、原告の係争各年の事業収入に対応するものであることは明らかである。

3  時機に遅れた攻撃防御方法ではないこと

(一) 原告の実額主張は、平成二年四月一三日の第一八回口頭弁論期日に陳述した同月一二日付けの第九準備書面において初めてなしたものであるが、本件推計課税の必要性及び合理性の立証として第一三回口頭弁論期日までに山口証人及び田中証人の尋問が実施されていたところ、原告は推計の必要性が基礎づけられていないとして平坂巧証人らの証人申請をなし、かつ、推計の合理性に対して原告の特殊事情を主張し、右特殊事情の立証のために文書提出命令の申立を行っていたが、これを棄却する旨の抗告審の決定が平成二年一月二四日に出た。そこで、原告はやむなく、実額主張に移ることとし、右第九準備書面において総収入金額及び各項目別の必要経費額を具体的に主張し、立証を行ってきたものであり、なんら時機に遅れた主張立証ではない。

(二) 次に述べるとおり、甲第五〇号証、五一号証の一ないし五、五二、五三号証、五四号証の一ないし四、五五、五六号証は、その提出経緯及び立証趣旨からみて、いずれも採用されるべきものである。

(1) 甲第五〇号証(水島修の上申書)

原告が従業員の出勤簿兼賃金台帳ノート(甲第二一号証)に基づいて従業員の給与額を立証したところ、被告は所得税の源泉徴収票(乙第二一号証の一及び二)、確定申告書(乙第二二号証の一及び二)及び右水島に対する質問調書(乙第二三号証)を提出してこれを弾劾してきたが、右の質問調書は賃金台帳ノートを示さずに行う等不公平なものであるから、原告としてはこれに反駁するために甲第五〇号証を提出したものである。

(2) 甲第五一号証の一ないし五(給料支払明細書控)

賃金台帳ノート(甲第二一号証)作成の基礎となったものであるところ、被告が前記不公正な立証活動によってその信用性の弾劾を企てたので、信用性の補強として提出したものである。

(3) 甲第五二号証(従業員給料明細表)、五三号証(昭和五九年から昭和六〇年九月までの賃金台帳ノート)及び五四号証の一ないし四(昭和六〇年分以降の賃金台帳)

被告が昭和五九年度分以降の従業員給与額が記載された所得税の源泉徴収票及び確定申告書を提出して賃金台帳ノートの信用性を弾劾するので、被告提出の右書証が不正確であることを立証し、賃金台帳ノートの信用性を補強するために提出した証拠である。

(4) 甲第五五号証(中村弘子の陳述書)

原告が原告の妻中村弘子の記帳していた現金出納簿(甲第三三号証)に基づき一般必要経費の立証を行ったのに対し、被告が原告の妻と原告の事業との間の貸付け及び返済の明細票(乙第一八号証)を提出するとともに、右出納簿の記載内容を充分には理解していない原告本人に対して記載内容に係る反対尋問をしてその信用性を弾劾したので、現金出納簿の信用性の補強として提出したものである。

(5) 甲第五六号証(中村弘子の事情説明書)

賃金台帳ノート(甲第二一号証)と給料支払明細書(甲第五一号証)との食い違いに関する説明の証拠である。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2(本件各処分の存在及び課税の経緯等)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件各更正及び本件各賦課決定の適法性について判断する。

二1  本件調査の経緯について

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三七号証(一部)、三八号証の一及び二(いずれも一部)、四五号証(一部)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと求められる乙第二四号証、証人山口隆宣(第一、二回、一部)の証言並びに原告本人尋問の結果(一部)を総合すれば、次の事実を認定できる。

(一)  山口は、昭和五六年七月三一日の午前中、原告事業所に赴き、係争各年分の所得税の調査のために来た旨を告げ、帳簿書類等の提示を要求したが、原告が書類を探す時間がない旨の返答をしたため、昭和五五年分の売上金額及び昭和五三年分から同五五年分の仕入金額、減価償却資産及び人件費を調べるように依頼した。これに対して原告は、昭和五五年に父と母が相次いで死亡し、母が営んでいた浴場経営を引き継ぐと共に浴場と住居の新築工事を行っているために、精神的にも時間的にも余裕がないこと、原告事務所二階を仮住まいにしており荷物が混在している状況で帳簿等も探せないことから、秋ころまで調査を延期して欲しい旨申し入れた。しかし、山口は、あまり時間がかかっては困ると答え、原告方を去った。

(二)  山口は、昭和五六年八月二〇日、原告事務所に、資料が出来ているかの確認のための電話をしたが、原告が銭湯新築の事情を再度説明し、資料はまだ出来ていないと回答をしたので、八月末までに提示するよう要請した。

(三)  山口は、昭和五六年九月二日、原告事務所に赴いて資料の提示を求めたが、原告がもう一か月すればなんとかなると述べ、帳簿等を提示しなかったので、いつまでも待てないので取引先調査をすると告げた。これに対し、原告は、勝手にしてくれと述べた。

(四)  山口は、昭和五六年九月二八日、原告事務所に赴いた。しかし、原告は、客から修理のためにすぐに来てくれるように電話があり出かけるところで応対できなかったため、一〇月はじめならどうだ、日時はこちらから連絡する旨を述べて、資料の提示はしなかった。

(五)  山口は、昭和五六年一〇月二日、原告事務所に電話連絡すると、原告が資料はまだできていない。一〇月中旬以降ならなんとかなると答え、取引先調査を実施したことについて山口を怒鳴りつけた。

(六)  山口は、昭和五六年一二月四日、原告事務所に赴いて資料等の提示を要請したが、原告は、今日来て今日というわけにはいかないが再来週ならどうかと述べ、資料の提示をしなかった。

(七)  山口は、昭和五六年一二月一六日、原告事務所へ連絡すると原告は不在であった。その後原告は、山口に対して電話をし、翌日の午後に原告事務所に来るように申し出た。

(八)  山口は、昭和五六年一二月一七日午後一時ごろ原告事務所に赴いた。原告事務所には新川民主商工会事務局の兼山が同席していたため、山口は、公務員の守秘義務の説明をして退席を要請した。しかし、原告は、兼山に同席してもらつても構わない旨述べ、兼山も守秘義務を本人に押しつけるな等と述べていた。原告と山口のやりとりの中で、原告は、兼山が別の部屋にいれば調査ができるかとの趣旨の発言をした。これに対し、山口は、声の聞こえない場所なら支障がないと答えたが、原告は、そのような事をすぐには判断できない等と述べて兼山を退席させなかった。その結果、山口は、正常な調査をできる状態ではないと判断して、午後三時少し前に原告方を去ろうとしたところ、原告に二階でやろうといって引き止められたが、原告の右対応は真摯なものではなく帳簿類の提示を引き延ばすための方法でしかないと考えて、これに応じず、結局、そのまま原告方を去った。

2(一)  被告は、昭和五六年七月三一日に山口が原告方に臨場した際、原告が浴場を新築しており帳簿等を探せない旨の話を山口に伝えてはいないと主張し、証人山口もこれに沿う証言をする。

しかし、同人の証言によると、臨場していた時間は約二時間であるところ、右の帳簿を探せない理由等の話しをしていないとすると、滞在時間の長さが不自然であること、八月二〇日の電話の際に初めて浴場新築の話しが出た(証人山口の証言)というよりは七月三一日の段階で右の話しが出ていたという方が話しの流れとして自然であることから、この点に関する証人山口の証言は採用できない。

(二)  他方、原告は、七月三一日に山口に対して秋ころまで待つようにと要請をしたのに対し山口が同意した旨主張し、原告本人尋問においても同様の供述をする(甲第三七号証の陳述書、三八号証の一のメモも同様)。

しかし、原告が最も最初に作ったメモである甲第四五号証によると、秋まで待つようにと原告が要請したのに対して山口が了承したのと内容は記載されておらず、この点に関する原告本人の供述及び甲第三七号証、三八号証の一の記載は採用できない。

(三)  また、原告は、昭和五六年一二月一七日に山口が原告方に臨場した際、山口が声の聞こえない場所なら支障がないと答えた後、二階でやろうと言ったのにもかかわらず、山口が駄目である旨答えて調査を放棄して帰った旨主張し、原告本人尋問においても同様の供述をする(甲第三七号証、三八号証の一、二、四五号証も同様)。

しかし、甲第三七号証及び三八号証の一を作成するもとになった甲第四五号証のメモも、本訴提起以後に作成されたもので、本件調査から五年程度経過した後の作成であるから(原告本人尋問)、必ずしも当時の状況を充分に再現したものとは言えないこと、兼山の同席についてそれまで強く主張していた原告が、突然兼山の居ないところで調査をすることを提案するというのは不自然であることに照らすと、この点に関する原告本人の供述及び甲第三七号証、三八号証の一、二、四五号証の記載は採用できない。

三  本件調査の適否―質問検査権行使の適否について

所得税法二三四条一項の規定は、具体的諸事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合には、当該調査事項に関連性を有する質問をし、物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要性があり私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられているものと解されるので、以下、この見地に立って、順次判断する。

1  原告は、調査には個別的必要性が客観的合理的に存しなければならないところ、本件調査では右必要性を欠いていた旨主張する。

しかし、原告の係争各年分の確定申告書(成立に争いのない乙第五号証ないし七号証)には事業所得の専従者控除額及び事業所得金額の記載はあるものの、その所得金額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費の記載がなく、係争各年分とも事業所得の金額の算出根拠が計算上全く不明であると認められるから、所得税の申告額が過少であるか否かの点について調査を行う客観的な必要性があったものと認められる。

2  原告は、被告が昭和五六年七月三一日の調査に際して事前通知をしなかった点に違法がある旨主張するところ、なるほど、同日の調査に際して税務職員たる山口は原告に事前通知をしていないことが認められる(証人山口の証言、第一回)。

しかしながら、前記認定のとおり、同日に山口は昭和五五年分の売上金額及び昭和五三年分から昭和五五年分の仕入金額、減価償却資産及び人件費を調べるように依頼したのみで、その後昭和五六年一二月一七日まで四回にわたり調査のために原告事務所に赴いているのであるから、同年七月三一日の調査に際して事前通知をしなかったことは、社会通念上相当な限度にとどまり何ら違法はない。

3  原告は、被告が調査理由を開示しなかった点に違法がある旨主張する。

しかし、前記認定のとおり、山口は昭和五六年七月三一日に原告に対して係争各年分の所得税調査のために訪れた旨を告げており、前述のとおり係争各年分の確定申告書に所得金額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費の記載がない状況を考慮すれば、右の程度に理由を開示すれば、これに何ら違法はないというべきである。

4  原告は、被告が本来認めるべき立会人の立会いを拒否して質問検査権の行使をせず、その結果推計課税により本件各更正を行ったものであり、適法に質問検査権を行使しなかった点に違法があると主張するところ、前記認定のとおり、山口は税理士資格のない兼山の立会いを拒否した事実が認められる。

しかしながら、税務職員に課せられた守秘義務に照らすと、税務調査にあたって税理士資格のない第三者の立会いを拒否することには相当な理由があるものというべきであるから、右の点に違法はない。

5  原告は、山口が昭和五六年七月三一日に秋ころまで調査を延期して欲しい旨の要望を了承したのにもかかわらず、それを待つことなく原告の取引先等の反面調査をしたもので、反面調査の濫用で違法である旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、山口は同日原告の秋までの調査延期の申入れに対して同意しておらず、原告の右主張はその前提を欠くものである。

6  そして、その他、被告の行った本件調査に違法な点は認められない。

四  推計課税の必要性について

1  前記二で認定したとおり、山口が昭和五六年七月三一日から同年一二月一七日までの間に、三回にわたって電話連絡をし、五回にわたって原告事務所を訪れているのにもかかわらず、結局、原告は、山口に対して係争各年分の帳簿類を提示していないのであり、その経緯、状況に照らせば、原告が被告に対して非協力的な態度を示し続けたことは明らかであり、被告には推計課税を行う必要性があったというべきである。

2  ところで、原告は、浴場と住居の新築工事のために原告事務所二階を仮住まいにしており荷物が混在している状況のため帳簿等も探せない状態であったこと、昭和五六年一二月一七日に山口に対して第三者の立会いのない場所で帳簿類をみせるべく申し出たのに、山口がこれを無視して調査をしなかったのであり、結局推計課税の必要性の要件を欠く旨主張する。

しかしながら、前記二で認定したとおり、山口が最初に原告方を訪れたのは同年七月三一日であり、この時にできるだけはやく売上金額等を調べるよう依頼しているのに対し、原告は、同年九月二八日には一〇月はじめならば資料を揃えることができるので自分から日時を連絡する旨の発言をしているにもかかわらず、同年一〇月二日の山口からの電話に対して同月中旬以降なら資料を揃えることが可能と前言を翻し、その後被告に何ら連絡をとらず、同年一二月四日に山口が原告方を訪れても再来週ならどうか等と述べて資料の提示をしていないのであって、本件調査に対する原告の右のような対応、並びに、同年一二月一七日に山口が原告方を訪れた際に、兼山の退席を要請したのにもかかわらず、原告はこれを拒否していたこと及び山口が声の聞こえない場所なら兼山がいても差し支えないと答えたにもかかわらず、原告がそのような事をすぐには判断できない等と述べて兼山を退席させなかったこと、以上の各事実に鑑みると、結局、山口が、原告方を去ろうとした時に二階でやろうと述べて引き止められたことを、原告の真摯な対応ではなく帳簿類を提示することを引き延ばすための方法のひとつと考えて、原告の要求に応ぜずにそのまま原告方を去ったことは、やむを得ないものであり、被告が原告の協力を得られないと判断して推計課税を行った点については何らの違法もないというべきである。

五  事業所得の金額及び推計課税の合理性の有無について

1  総収入金額

(一)  原告の係争各年分の総収入金額が別表(三)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(二)  原告の昭和五五年分の総収入金額の内訳が、別表(三)記載のとおり、自動車板金塗装が一三〇七万七九二八円、自動車整備及び車両販売が二九八一万一一七八円であることは当事者間に争いがない。

(三)  原告の昭和五四年分の総収入金額の内訳について、被告は、原告が国税不服審判所における審査請求の段階で主張していた額である。自動車板金塗装が一四五五万二四二六円、自動車整備及び車両販売が二六七五万六一四八円である旨主張し、その理由として、原告が審査請求の段階において、一定の収入を自認している場合には右の額までは実際の収入が存在するとの経験則が存する旨主張する。

しかしながら、審査請求の段階で原告が主張した総収入金額と国税不服審判所が裁決で認定した総収入金額とは一致しており、その内訳の自動車板金塗装と自動車整備・車両販売にかかる収入金額が異なっているところ、国税不服審判所が売上帳等の記載内容を評価してその内訳の配分を判断したものであること(成立に争いのない乙第一号証)を考慮すると、単に審査請求の段階で原告が主張していたということのみをもって、被告主張の右内訳額の収入があったと認めることはできず、その他本件全証拠によっても右内訳額の収入の存在を認めるに足りる証拠はない。

ところで、被告は、原告の昭和五四年分の総収入金額の内訳について、予備的に、原告が本件訴訟において自認主張している自動車板金塗装一一〇二万二〇二一円、自動車整備及び車両販売三〇二八万六五五三円を黙示に主張しているものと解されるから、以下、この額を前提に検討を進めることとする。

(四)  また、原告の昭和五三年分の総収入金額の内訳について、被告は、自動車板金塗装が一二九一万四〇八五円、自動車整備及び車両販売が二八一八万三七五一円である旨主張し、その理由として、昭和五三年分については自動車板金塗装と自動車整備・車両販売の内訳が明らかではないので、昭和五四年分及び五五年分における当該各収入金額の割合の平均値により按分して算定した旨主張する。

しかしながら、右推計の基礎となる昭和五四年分の内訳額については、前述のとおり被告の主張に理由がないから、被告の主張する昭和五三年分の内訳額を肯認することはできない。

ところで、被告は、原告の昭和五三年分の総収入金額の内訳について、予備的に、原告が本件訴訟において自認主張している自動車板金塗装一〇三三万六一九〇円、自動車整備及び車両販売三〇七六万一六四六円を黙示に主張しているものと解されるから、以下、この額を前提に検討を進めることとする。

2  必要経費の額

(一)  類似同業者の選定

証人田中信太郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一ないし一一、八号証及び同証人を総合すると、被告は、魚津税務署管内に所在する者のうち、次の(1)ないし(3)の基準のすべてに該当する者全部を選定したところ、別表(四)の1ないし3記載の各同業者が得られたこと、係争各年分の自動車板金塗装及び自動車整備の各業種に関する右同業者の平均必要経費率が同表の平均欄記載の率であることがそれぞれ認められる。

(1) 係争各年分の所得税の確定申告について青色申告をしている者。

(2) 係争各年分に自動車板金塗装業又は自動車整備業を営んでいる者(ただし、年の中途において開廃業若しくは休業した者又は業態を変更した者、災害等により経営状態が異常であると認められる者、小規模事業者で所得税法六七条の二の規定により収入及び費用の帰属時期をいわゆる現金主義によることとしている者、更正処分又は決定処分が行われた者のうち、これに対して不服申立若しくは訴訟係属中の者又は法令の規定に基づく不服申立期間若しくは出訴期間を経過していない者を除く)。

(3) 係争各年分の総収入金額が自動車板金塗業については昭和五三年分六五〇万円以上二五八〇万円未満、昭和五四年分七三〇万円以上二九一〇万円未満、昭和五五年分六五〇万円以上二六二〇万円未満、自動車整備業については昭和五三年分一四一〇万円以上五六四〇万円未満、昭和五四年分一三四〇万円以上五三五〇万円未満、昭和五五年分一四九〇万円以上五九六〇万円未満の者。

(二)  昭和五四年分及び昭和五三年分の同業者の選定について

(1) ところで、右(一)で認定した事実によれば、昭和五四年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の2記載の自動車板金塗装業の同業者アないしエは、総収入金額が七三〇万円以上二九一〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全部であるところ、被告は、これにより、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内にある同業者を全部抽出したこととなり、事業規模、業態等において原告と類似性があるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計により算定することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、前記のとおり、原告の同年分の自動車板金塗装業の総収入金額は一一〇二万二〇二一円であるとするほかないのであるから、総収入金額が七三〇万円以上二九一〇万円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の多い方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局、右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

また、同年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の2記載の自動車整備業の同業者AないしHは、総収入金額が一三四〇万円以上五三五〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全部であるところ、被告は、これにより、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内にある同業者を全部抽出したこととなり、事業規模、業態等において原告と類似性があるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計により算定することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、原告の同年分の自動車整備業の総収入金額は三〇二八万六五五三円であるとするほかないのであるから、総収入金額が一三四〇万円以上五三五〇円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の少ない方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局、右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

(2) 昭和五三年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の1記載の自動車板金塗装業の同業者アないしウは、総収入金額が六五〇万円以上二五八〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全部であるところ、被告は、これについても、前同様、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内にある同業者を全部抽出したこととなるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、原告の同年分の自動車板金塗装業の総収入金額は一〇三三万六一九〇円であるとするほかないのであるから、総収入金額が六五〇万円以上二五八〇万円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の多い方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

また、同年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の1記載の自動車整備業の同業者AないしFは、総収入金額が一四一〇万円以上五六四〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全てであるところ、被告は、これについても、前同様、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲にある同業者を全部抽出したこととなるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、原告の同年分の自動車整備業の総収入金額は三〇七六万一六四六円であるとするほかないのであるから、総収入金額が一四一〇万円以上五六四〇万円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の少ない方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

(3) したがって、被告の主張する昭和五三年分及び昭和五四年分の原告の所得金額の推計には合理性がない。

よって、右各年分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定は、その余の点について判断するまでもなく違法である。

(三)  昭和五五年分の同業者の選定と必要経費額の推計の合理性について

前記2(一)認定の事実によれば、昭和五五年分の同業者の選定基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の各点において、類似性を判別する基準として合理的であり、右選定基準により業者を抽出するにあたって被告の恣意が介入するおそれも認められず、また、右各業者は年間を通じて青色申告により確定申告をしている業者であり、その申告が確定していることから、右業者の必要経費率算出の根拠となる資料は、正確性の高いものと考えられる。

また、前掲乙第八号証及び証人田中信太郎の証言によれば、別表(四)の3の同業者欄記載の者の必要経費の総額中の売上原価及びその他の経費の額の内訳並びにこれらが収入金額中に占める各割合は別表(五)の3記載のとおりであり、右同業者に関する限り、仕入金額ないし売上原価の額及びその他の必要経費の額と収入金額との対応よりは、必要経費総額と収入金額の対応の方が相関性が高い。

したがって、右同業者の必要経費率の平均値により原告の必要経費額を推計することは、右推計を不合理ならしめる特別の事情のない限り、合理性を有するということができる。

(四)  原告の反論について

以下、昭和五五年分の所得金額の推計に関する限度で、原告の反論について検討する。

(1) 原告は、自動車板金塗装業、自動車整備業及び車両販売業の三つの業種を兼業しているから、類似同業者も右の業種を兼業している者の中から選定しなければならないと主張する。

しかしながら、必要経費率は業種ごとに異なりうるものであるから、自動車板金塗装業と自動車整備業及び車両販売業の二つに分けて必要経費率を算定することには合理性があり、この点についての原告の主張は理由がない。

(2) 次に、原告は、自動車整備業と車両販売業について一括して選定している点及び選定された同業者について実際に兼業しているか否かの調査をしていない点を指摘する。

成立に争いのない乙第二号証及び証人田中信太郎の証言によると、魚津税務署管内では中古自動車販売のみを単独で営業して青色申告を行っている個人納税者はいないこと、全国的にみて中古自動車販売業は大部分が自動車整備業との兼業であること、別表(四)の3の自動車整備についての同業者欄記載のAないしGが現実に中古自動車販売業を兼業しているか否かは不明であることが認められる。右のように、中古自動車販売業は大部分が自動車整備業と兼業しているのであるから、同一税務署管内に単独で中古自動車販売業を行っている者が存しない場合に、他の管内についての調査を行うのではなく、同一管内で自動車整備業を行っている者を選定すれば、その選定された業者が現実に中古自動車販売業を営んでいるか不明であっても、推計の合理性を認めることができる。

(3) 更に、原告は、同業者として車検の業務形態が異なる者を選定している可能性があり、推計の合理性がない旨主張する。そして、原告本人尋問の結果によれば、車検の業務形態には、事業者自らが指定工場を有し自らの工場で整備して従業員である検査員の検査を経て陸運事務所に書類のみを提出する形態、事業者が認定を受け自らの工場で整備は出来るが検査は陸運事務所に車両を持ち込まなければならない形態、事業者自ら指定工場たる協業組合を設立する形態等があること、原告は右の三番目の形態である黒部車検センターに設立当初から参加していたこと、昭和五十二年六月ころから右車検センターでの車検整備が始まったこと、右車検センターの設立以後は自己に依頼された車検整備は右車検センターで行い代金の五割を右車検センターへ納めること、原告において右車検センターの設立に伴う従業員の整理は行わなかったこと、以上の事実が認められる。

しかしながら、原告主張の車検業務の違いにより特別に必要経費率が低くなったり高くなったりするものとは認められないし、原告本人尋問の結果によれば、黒部車検センターへの参加によって車検業務の手数料収入が半分になつたが、自己の工場における整備の労力と富山陸運事務所へ検査のために運搬する労力も削減されていることが認められ、また、従業員の整理はしていなくとも、右センター設立後既に約三年が経過しており、この段階では従業員を他の業務に振り向けていると推認されるのであって、以上の諸点を考慮すると、車検の業務形態及び黒部車検センターへの参加の関係でも、同業者の選定に合理性を欠くと認められる事由はなく、原告に必要経費に関する特別な事情があったものとも認められない。

(4) 原告は、同業者の選択について、従業員数、家族構成員の関与の形態と度合い、事業所の広さ等の事業規模に関するの重要な基準を考慮していない点で合理性を欠く旨主張する。

しかしながら、前述のとおり、原告の総収入金額の約二分の一ないし二倍の範囲で同業者を抽出しているのであるから、原告主張の右要素を考慮しなくとも、事業規模の近似性に関して欠けるところはないというべきである。

(5) なお、原告が母中村ヨシエの浴場業を相続承継したことは、被告の主張する昭和五五年分の原告の自動車板金塗装及び自動車整備・中古自動車販売の事業所得金額の推計の合理性を左右するものとは解しがたいから、この点についての原告の主張も理由がない。

(6) 原告は、国税不服審判所が認定した総仕入金額は正確なものであるので、これを除いたその他の必要経費のみを推計で算定すべきである旨主張する。

しかしながら、原告が国税不服審判所に提示した資料の範囲、内容を確認するに足りる証拠はないし、仮に原告が国税不服審判所に対して総仕入金額を認定するのに必要な資料を提示していたとしても、本件訴訟においては右金額を実額で把握するに足りる証拠を提出していないのであるから、原告の右主張は理由のないものである。

(7) 原告は、いわゆる実額反証として、総収入金額及び右総仕入金額の主張の他、必要経費のうちの特別経費として給料、外注費、支払利息割引料、黒部車検センター支払、地代家賃及び減価償却費を実額で主張するので、以下判断する。

〈1〉 被告は、原告が平成二年一一月二日の第二一回口頭弁論期日以後に提出した実額に関する書証及び平成二年七月二〇日の第二〇回口頭弁論期日に尋問事項の追加を行った証人中村弘子、同兼山幸成及び原告本人の実額に関する証言、供述部分についていずれも時機に遅れた攻撃防御法として、国税通則法一一六条ないし民事訴訟法一三九条一項により却下されるべきであると主張する。

ところで、本件訴訟の経緯をみると、昭和六一年二月二八日に訴えが提起されて同年三月二八日に第一回口頭弁論が開かれ、推計課税の必要性及び合理性の立証として、昭和六三年九月三〇日の第一〇回口頭弁論期日及び平成元年一月二七日の第一三回口頭弁論期日に、被告申請の証人山口隆宣、同田中信太郎の尋問が実施された。これに対し、原告は、平成元年三月三一日の第一四回口頭弁論期日に、推計の合理性に関して、被告の主張する類似同業者の類似性及び平均必要経費率の合理性を検証し原告の特殊事情を立証するためとして、文書提出命令の申立てを行ったが、同年八月三一日にこれを却下する旨の決定がなされ、平成二年一月二四日に抗告を棄却する旨の抗告審の決定が出された。その後、原告は、同年四月一三日の第一八回口頭弁論期日に、総収入金額及び項目別の必要経費の実額に関する主張を行い、同年七月二〇日の第二〇回口頭弁論期日に、右の立証のために、かねて申し出ていた証人中村弘子、同兼山幸成につき実額に関する尋問事項の追加を行い、同年一一月二日の第二一回口頭弁論期日に、実額に関する書証として甲第一四号証ないし三四号証の証拠申し出をした。右同日、証人兼山幸成の証人尋問が実施され、平成三年四月二六日の第二三回口頭弁論期日に中村弘子の証人尋問が実施され、同年一二月一八日の第二六回口頭弁論期日から平成四年七月一七日の第二九回口頭弁論期日まで原告本人尋問が実施された。この間、原告は、平成三年九月二七日の第二五回口頭弁論期日にかねて申し出ていた原告本人の尋問につき実額に関する尋問事項の追加を行い、平成四年二月一四日の第二七回口頭弁論期日に甲第四三号証の一及び二、四四号証の証拠申出をし、同年五月二二日の第二八回口頭弁論期日に甲第四八号証の一及び二の申出をし、次いで、同年七月一七日の第二九回口頭弁論期日に甲第四九号証ないし五六号証の証拠申出をした。そして、当裁判所は同年一〇月二日の第三〇回口頭弁論期日に弁論を終結した。

右に判示した本件訴訟の経緯に鑑みると、原告の必要経費に関する実額の主張並びに甲第一四号証ないし三四号証、四三号証の一及び二、四八号証の一及び二の証拠申出並びに証人中村弘子、同兼山幸成及び原告本人の尋問の申し出についての尋問事項の追加は、いずれも、国税通則法一一六条一項に違反し同条二項及び民事訴訟法一三九条一項により却下すべきものとは認められない。

また、右の訴訟の経緯の他、甲第四四号証及び四九号証に関しては、訴訟外で専門的な素養を有する者に対して意見書の提出を依頼していたものであることに鑑み、甲第五〇号証は、被告が第二八回口頭弁論期日に甲第二一、二二号証の各一及び二、二三号証を提出して反論、反証したために、これに反駁するべく新たに証拠を収集、提出することとなったものであることに鑑み、いずれも、国税通則法一一六条一項に違反し同条二項及び民事訴訟法一三九条一項により却下すべきものと認められない。

甲第五一号証の一ないし五、五二号証、五三号証、五四号証の一ないし四、五五、五六号証については、弁論終結が予定されていた第二九回口頭弁論期日に証拠申出されたものであり、その申出を遅滞なくすることができなかった事情は見当たらないことを考慮すると、時期に遅れた攻撃防御方法と言わざるを得ず、国税通則法一一六条一項に違反するものとして、同条二項及び民事訴訟法一三九条一項により却下されるべきものである。

〈2〉 ところで、原告の実額主張が被告の推計による所得金額算出に対する有効な反証たりうるためには、推計を不要ならしめる程度の合理的な立証が要求されるもので、総収入金額についていえば、全ての取引に関する収入金額の総額を主張、立証すべきものであるし、必要経費についていえば、総仕入金額と一般の必要経費を除いた特別な必要経費に関する主張立証のみではなく、少なくとも総仕入金額についての主張立証がなされなければ、被告の推計による所得算出に対する有効な反証とはならないものと解するのが相当である。

本件につきこれをみるに、まず、原告の主張する収入金額が収入金額の総額であるとの立証は何らなされていない。原告主張額は国税服審判所の認定した収入金額と同一であるけれども、原告が国税不服審判所に提示した資料の範囲、内容を確認するに足りる証拠はないし、仮に原告が国税不服審判所に対して収入金額を認定するのに必要な資料を提示していたとしても、本件訴訟においては右金額を実額で把握するに足りる証拠を提出していないのであるから審判所の認定をもっては、原告主張の収入金額が収入金額の総額であることが立証されたとすることはできない。

また、総仕入金額についても何ら立証がないことは前述(五2(四)(6))のとおりである。

そうすると、原告の昭和五五年分の事業所得の実額の主張は、実額主張としての合理性を欠き、被告主張の推計による所得金額の算定に対する有効な反証とはなしえないものというべきである。

(五)  昭和五五年分の必要経費の額

以上により、先に判示した自動車板金塗装業と自動車整備・中古自動車販売業別の各総収入金額(一三〇七万七九二八円と二九八一万一一七八円)に、別表(四)の3記載の類似同業者の必要経費率の平均値、自動車板金塗装業八〇・六九パーセント、自動車整備・中古自動車販売業八二・七三パーセントを乗じて、原告の昭和五五年分の必要経費の額を算出すると、それぞれ一〇五五万二五八一円、二四六六万二七八八円となる。

3  事業専従者控除額

昭和五五年分の右控除額が四〇万円であることは当事者間に争いがない。

4  事業所得の金額

以上に基づき、原告の昭和五五年分の事業所得金額を算出すると、七二七万三七三七円となる。

六  そうすると、昭和五五年分の更正処分は、原告の同年分の事業所得金額の範囲内でなされたものであって、これを上回るものではないから、何らの違法もなく、また、これに伴う過少申告加算税賦課決定にも違法はないというべきである。

七  よって、原告の本訴請求は、昭和五三年分及び昭和五四年分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定の取消を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 中山直子 裁判官 片田信宏)

別表(一)

〈省略〉

別表(二)

昭和五三年分

〈省略〉

昭和五四年分

〈省略〉

昭和五五年分

〈省略〉

別表(三)

総収入金額の計算表

〈省略〉

別表(四)の1

必要経費率の計算表(昭和53年分)

〈省略〉

別表(四)の2

必要経費率の計算表(昭和54年分)

〈省略〉

別表(四)の3

必要経費率の計算表(昭和55年分)

〈省略〉

別表(五)の1

同業者率の計算表

〈省略〉

別表(五)の2

同業者率の計算表

〈省略〉

別表(五)の3

同業者率の計算表

〈省略〉

別表(六)の1 昭和53年分

〈省略〉

別表(六)の2 昭和54年分

〈省略〉

別表(六)の3 昭和55年分

〈省略〉

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